
50歳の節目で、人生強制オールリセットになったICHICOです。
今までも何度か死にかけて入院したことがある。
でも娘はいままでは「またか」と思っていたそうだ。
しかし、今回は意識朦朧としながら口をぱくぱくしていたり、病室からERに運ばれたりで
「やばいな」
って思ったそうだ。
そんな状況の中、わたしの頭の中は、「仕事いつから行けるだろう」「どうに伝えよう」と。
自分の挑戦でもあった大企業での就職、わたしの中で比重が大きかった分、なかなか諦められなかったのだろう。
生死を彷徨うような状況でも仕事のことを考えるわたし。
行政に頼らず、生きてきたから「働く」ということに執着していたのかと。
でも、もうどうやっても、どう考えても、体が思うようにいかない状況下で、やっと自ら就職辞退を決心した。
そこからは、気が抜けたような感じだった。
無
虚無と言えば良いのか、体力も気力も無。
生きてどうなるんだろう。
最終的には死がある。
思考も無。
だった。
いろいろとキャンセル
娘の渡独が1週間後に迫っていたがそんな状況でもなくキャンセル。
そんな時、ふとわたしの嫌いな言葉がよぎった。
「ここは日本だから」
この一言で、全てが打ち消される。
涙さえ出そうになる、寂しい、悲しい言葉だ。
全てを諦めようとする、何も変えようとしない、考えようとしない、最大の逃げ言葉だと思っている大っ嫌いな言葉「ここは日本だから」
「だから、何??」
って言い返したくなる。
もしかしたら、大嫌いな言葉だけど
わたしの起爆剤でもあるのかも。
その一言で、諦めるのか、邁進するのか。。
うんまぁ。
無の状況から、もうちょっと生きてみるかくらいの気持ちで現代医学の治療をすることに。
薬まみれの数字まみれの利権まみれ
とりあえず自分でも何を選べば良いのかわからず、利権まみれの薬を飲んで延命治療をすることになった。
わかっててするって、本当にアホらしいこと。
飲んでみて不味かったら、「この薬いらないです。」「飲むと気分悪いです。」と断った。
検査もたくさんした。
毎日のように血液検査で数値が上がった、下がったの報告を受ける。
まぁ利権まみれの検査で、よかったこともあった。
難病7つあったのが、4つに減った。
(これは2023年5月から貼っているパッチも影響しているのではと思っている)
頑なに病院に行きたくない、入院したくないと言っていたのは自分の選択肢が減るから。
血液検査の数値だけで薬の量の増減や新たな薬の投入がはじまる。
一つ受け入れたら、全部受け入れたのも同然で次から次へと薬が追加される。
Yes,Noを言う機会はある。
だけどNoという答えは無いのだ。
Noと言ってもYesというまで説得されるから、それが今回の入院でわかった。
生死を彷徨っている状態なので、
医師の提示が、
数日の命を選ぶか。
数ヶ月それ以上生きるを選ぶか。
薬を飲むか、飲まないか。
なのよね。
わたしが、自然療法という選択肢はないのかというと、
「それは代替療法で治療ではない」
と言われる始末。
ちょ、待てよ!
血液検査して数値が高い低いで、その数値をコントロールするように投薬するのも代替療法でしょ。
根本治療じゃないという意味。
ここは日本だから
ここで今度はわたしからこの言葉を使いたい。
「ここは日本だから」
ちょっと意味が異なるが、ここは日本だから西洋医学=現代医学(標準治療)とされる。
間違った”西洋医学”が横暴している。
ドイツでは、薬以外での治療も行う。
ドイツのクア(Kur)、日本でいうところの湯治療だ。
クア制度というのがある。医師が治療や予防に必要と判断した場合、国が認定した療養地での滞在・治療費に公的医療保険が適用される医療・予防制度がる。
今までは気力だけはあったので、何も思わなかったが、
今回は日本にもクア制度があればなと思った。
近い将来そうなるように動きたいとも思った。




